クリス-ウェブ佳子さんと
めぐる、
伝統の紡ぎ手に出合う旅
-富士吉田編-
「心豊かになれる一品とともに、その裏側にあるストーリーを届けたい」という、CRAHUG公式アンバサダーのクリス-ウェブ佳子さんが、ローカル文化を継承しながらモノづくりに取り組む日本各地の生産現場をレポート。 今回訪れたのは、1,000年続く織物産地の中心地、山梨県富士吉田市。 彼女の目で見て、聞いて、触れて、五感を使って感じた商品や産地の魅力をお届けします。
9:30 AM
"織物のまち"に到着!
東京から電車でおよそ2時間。 富士山の麓に位置する富士吉田市は、平安時代から続く織物の名産地です。 輸入生地の流入により一時衰退したものの、近年、若手経営者らがファクトリーブランドを展開するなど、“ハタオリマチ”に新たな風が吹いています。 また、同市の本町通りはSNSで話題の富士山絶景スポット!取材当日は雲に隠れ、その姿を見ることはできませんでした。
10:00 AM
工場めぐり① 武藤株式会社
1967(昭和42)年創業の武藤は、富士吉田市に隣接する西桂町に拠点を構えます。 この地に古くから伝わる織物の伝統を引き継ぎ、昔ながらの織機でゆっくりと織り上げた〈muto〉のストールはCRAHUGの人気商品のひとつ。 工場の近くには、富士山の伏流水が流れる桂川があり、この清冽な水を使用してモノづくりが行われています。
ガッシャン、ガッシャンとシャトル織機の音が心地よく鳴り響く武藤の織物工場。 「深みのある美しい色ですね」と佳子さんの目に留まったのは〈muto〉の代名詞、シルクカシミヤのストール。 「この製品に使用している糸は髪の毛の3分の1の細さしかなく、近年主流となっているシャトルレスの高速織機では織ることができないんです」と、ブランド運営担当の武藤亘亮さんは話します。
「だから、クラシックな織機を使っているんですね。1日でどのくらい織れますか?」という佳子さんの質問に、「4枚前後ですね」と答える武藤さん。 大量生産ができず、ほとんどの工程において職人の手作業を必要とするシャトル織機。 しかし、この極めて非効率的な織機でしか、空気をはらんだような柔らかく膨らみのあるストールを生み出すことはできないのです。
武藤さんが手にしているのは、シャトル。緯糸(よこいと)をセットしたシャトルが、織機に張られた経糸(たていと)の間を左右に行き来することで生地が織り上がっていきます。 「中に入っているのは何ですか?」「猫の毛です。緯糸をスムーズに送り出すために、毛の部分で糸のテンションを調節しています」。織り目が整った美しい生地は、職人の昔ながらの知恵が生きています。
ストールを織る前の糸も見せてもらいました。「今にも切れそう…」と、シルクカシミヤの糸を慎重に手に取る佳子さん。 極細の糸はそのままでは織ることができず、芯糸の周りに水溶性の糸を巻き付け、ギブスをするように強度を高めて織り上げるそう。 「織り上がった後にお湯につければ、芯糸だけが残ります」(武藤さん)。そんな魔法のようなモノづくりに、ただただ感心してしまいます。
「人の手のぬくもりが入ることでしか生み出せない、唯一無二の風合いに感動しました。 この生地を織れるシャトル織機は現在生産していないため、いつまで作り続けられるか不安に思いますが、未来に必要で、そして残ってほしいと願うモノづくりを目にできてよかったです」(佳子さん)
12:00 PM
ランチタイム♪
昼食は、武藤さん行きつけの吉田うどんの名店「美也川」。 標高が高く、農業に適さない環境の富士吉田市では古くから小麦を主食とし、加えて機織りをする女性を気遣い、男性が昼食を用意する習慣がありました。 そのため、太くいびつで、強い(こわい)コシのあるうどんが生まれたそう。暑さが残るこの日、佳子さんがいただいたのは「冷やしわかめ」。450円という安さにも驚きです!
美也川(みやがわ) 山梨県富士吉田市松山5-9-12 http://miyagawa.client.jp
1:30 PM
工場めぐり② 株式会社槙田商店
武藤から徒歩5分のところにある槙田商店は、1866(慶応2)年に甲斐絹問屋として創業。 昭和30年頃から伝統織物の高い技術を継承した傘生地の製造をスタートし、現在は生地の製造から傘の組み立てまでを一貫して行う世界唯一の織物工場に。 実用性と芸術性を兼ね備えた個性あふれる傘は、性別問わず、幅広い年代の方に愛されています。
傘にするための最初の工程が「裁断」です。「機械で切るのかと思っていました」と驚く佳子さんを横目に、手慣れた様子で小気味よく作業が進んでいきます。 「実は傘づくりは、人の手がかかるアナログなもの。手作業による裁断を終えた後の『透き見』と呼ばれる検品作業も、一枚一枚人の目で行っています」と代表取締役の槇田洋一さん。
先程三角形に切り取った織物を円状に繋ぎ合わせる「中縫い」は、裁断とともに、傘の仕上がりを左右する重要な工程です。 「上糸のみの専用ミシンを使うことで縫い目に伸縮性が生まれ、傘を開いたときのシルエットが美しくなるんです」と槇田さん。 その後、中縫いによってできた縫い代に傘骨を縫い留める「中綴じ」の工程も、職人が1か所ずつ手縫いで行います。
中棒を伝って雨水が漏れるのを防ぐ先端パーツの取り付けも、熟練の技が必要な作業です。 「1本の傘ができるまで何工程あるんですか?」「今ざっと数えただけでも、30工程以上。細かい作業まで含めたら100にはなるんじゃないかな」。 気の遠くなるような数の工程と職人の手作業を経て生まれる〈槇田商店〉の傘に、「最高の贅沢品ですね」と感動を隠せない佳子さん。
有名メゾンから依頼を受ける、先進的な服地づくりの技術を生かした織り生地も特徴のひとつ。 「まるで絵画のようですね」と佳子さんが話すとおり、髪の毛ほどの細さの経糸を1万2,000本使用した緻密なデザインは〈槇田商店〉ならでは。 「雨露をしのぐだけのものではなく、持っていて楽しい気持ちになれる。そんな傘を今後もつくり続けたいです」(槇田さん)
「傘に感動したのは初めて。量産型の傘が多く流通する現在、〈槇田商店〉の織り生地の傘は手にしたときの高揚感が格別です。 傘は消耗品ではないけれど、意に反して失う消失品。いい傘なら大切に扱うものなので、自分用にはもちろん、ギフトにしても喜ばれる一本です」(佳子さん)
富士吉田市のレポート
織物の産地として栄えてきた富士吉田市は、伝え継がれてきた高い技術と、富士山がもたらす豊かな自然環境が最大の魅力。 工場めぐりを終え、「特別なモノのために、特別な人がいる」と佳子さんが語るように、時代の流れに逆行してまでも大切にしたい信念、時代の変化に臆することなく飛び込む挑戦心など、 職人のモノづくりに対する真摯な姿勢に感銘を受けた旅でした。
Model:Yoshiko Kris-Webb
Photo:Fabian Parkes
Writing:Ayako Takahashi
Edit:CRAHUG